読書「日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女」

石黒達昌 著「日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女」伴名練 編 (ハヤカワ文庫JA)

 

このブログでは、SFとミステリー中心に時々読んだ本について書いています。
ずっと昔の若い頃、日本人作家では小松左京眉村卓山田正紀半村良、荒巻義男など、海外ではアシモフ、ディック、クラーク、ハインライン、ホーガンなど夢中になって読んだものですが、仕事が忙しくなってきた40歳代頃からは重いものはあまり読まなくなっていました。

リタイアしてからはかつての名作を読み返したり、気になった新作を少しずつ開拓しているところです。

石黒達昌(いしぐろたつあき)は最近知った作家とはいえ、思い入れがかなり強くなかなか記事にできないでいましたが、ようやく書けました。

 

石黒達昌との出会い

この本を購入したのは2021年末で退職の直前でした。病気の再発・転移があり一番大変だった時期にたまたま見かけました。
著者が医師で癌の研究をしているというのも少し気になったのかもしれません。ですが最初は「日本SFの臨界点」という強烈にインパクトのある題名に引き付けられました。
「臨界点」とまで言うのなら、どれだけすごいんだよ? と。

著者の石黒達昌はそれまで知らない作家でしたが・・・

「臨界点」は軽々と超えており、一撃ではまりました ! 😃

 

収録作品

この本は、SF作家の伴名練(はんなれん)が編んだ中短編集です。8編の作品が収められています。

収録作と初出一覧
「希望ホヤ」SFマガジン〉2002年3月号、早川書房
冬至草」文學界〉2002年5月号、文藝春秋
「王様はどのようにして不幸になっていったのか?」小説トリッパー〉1996年夏季号、朝日新聞出版
「アブサルティに関する評伝」〈すばる〉2001年11月号、集英社
「或る一日」文學界〉1999年3月号、文藝春秋
「ALICE」海燕〉1995年6月号、福武書店
「雪女」『人喰い病』収録・書き下ろし 2000年、角川春樹事務所
「平成3年5月2日,後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,」海燕〉1993年8月号、福武書店

初出の雑誌名を見て頂くとわかると思いますが、SFマガジンに掲載されたのは「希望ホヤ」のみで、他は文學界〉〈すばる〉〈海燕と、ほとんどが純文学系の文芸雑誌です。
海燕は若い方は知らないかもしれませんが、1996年に廃刊になった福武書店(現ベネッセコーポレーション)発行の文芸雑誌です。小川洋子吉本ばなならを輩出しています)

これを見ても普通のSF作家・SF作品ではなさそうな予感が伝わりますね。
実際石黒氏は「最終上映」という作品で海燕新人文学賞を受賞してデビューし、その後「平成3年5月2日・・・」などで、芥川賞に3度ノミネートされています。
もうほとんど純文学の人じゃん!😁

 

収録8編のうち4編について紹介と感想(内容に少し触れています)

「希望ホヤ」

舞台はアメリカ、主人公の娘が癌に侵され余命半年と宣告される。主人公は弁護士であり医療については素人だったが必死で娘を助ける手立てを模索する。娘の願いで「希望の浜」という所に出かけた折、その浜でしか採れないといわれる「希望ホヤ」に癌を克服する可能性を見出すことになる。
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著者の石黒氏は現役の癌研究・治療をする医師であり、医療や癌がテーマの作品が多くあります。また主人公も医師や研究者であることが多いのですが、この「希望ホヤ」の主人公は珍しく弁護士です。医療に関してはずぶの素人である主人公が、娘を助けるために模索しながら大胆に行動しつつも、苦悩する様子が描かれます。
医療関係の用語や機器なども出てきますが、石黒作品の中では読み易い作品といえるでしょう。

 

冬至草」

放射能を帯び、DNA解析をするとその塩基配列の一部に、ヒトとの一致があるという「冬至草」。たったひとつの標本が押し葉として見つかった。
その冬至草を発見・命名した在野の研究者 半井幸吉について書かれた「冬至草伝」を紐解いていき、その稀有な生態があかされていく。
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半井幸吉という在野の研究者の生涯をたどるように話は進んでいきます。残酷でありグロテスクである事実も示されながら「冬至草」に憑かれたかのような半井の執念が伝わってきます。

 

「雪女」

「低体温症」という病気について、昭和初期の旧陸軍の図書館にあった資料が見つかる。この資料を書いた軍医・柚木弘報(ゆうきこうほう)の診療録と日誌、及び当時看護師をしていた杉田妙の証言から、この低体温症の女「ユキ」についての驚くべき事実が明らかになっていく。
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「雪女」・「低体温症の女」・「ユキ」という名前、ベタで低俗になりそうなテーマですが、著者は医療録と日誌の短い記述などから事実を淡々と積み重ねていきます。明かされていく秘密に、ジワリと恐怖すら感じます。

 

「平成3年5月2日,後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,」

北海道・神居古潭(カムイコタン)で見つかった「ハネネズミ」のおそらく最後の2匹が種保存センターで研究されることとなった。東大から来た明寺博士がハネネズミの生態を解明していくが・・・。
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この作品も明寺博士らが「ハネネズミ」という架空の動物の謎を追う様子が、冷徹に淡々と描かれていきます。
この作品は、横書き、図表・写真あり、脚注・参考文献ありと、まるでレポートのような書きぶりが特異です。
死とは? 種の絶滅とは? 子孫を残すこととは? 絶滅を目の前にしたハネネズミという種の謎を追求していく冷静な文章が続きますが、そこに何とも言えないもの悲しさが感じられてきます。

また、本来この作品にタイトルは無く、便宜的に本文の冒頭部を引用しているというのも異例です。

 
★★★
取り上げた4作品、特に「冬至草」「雪女」「平成3年5月2日・・」には共通のテイストが感じられます。逆に取り上げなかった4作品はかなり違った印象の作品です。
私は、今回取り上げた4作品が断然好みで、それぞれ数回以上は読んでいます。(今回もこの記事を書くために読み返しました)
私の4作品の感想から残りの作品を読むと、かなり違和感があるかもしれません。

 

まとめ

本書の最後には、著者による、
「この本を読まれた方へ」1994.4.11 と、
「著者あとがき」2021.7.16 があり、
また、「最も冷徹で、最も切実な生命の物語 -石黒達昌の描く終景」という表題で、編者の伴名練氏による解説もあります。

この解説は、石黒氏のプロフィール、デビューからの作家としての経歴、ほとんどの作品の紹介。そしてこの本の収録作品のネタバレを含む紹介と、非常に充実したものです。
黒作品への理解と、他の石黒作品を探すときなどに大変有用なものとなっています。


長くなってしまいました。

上記「収録作品」の説明で書いたように、石黒達昌には純文学作家としての側面も強くみられます。
SFファンだけでなく、SFはちょっとね、という文学好きの方にも是非読んでみて欲しい作家です。

最後に、伴名練氏による「雪女」紹介の中の一文を・・・
『小説の「形式」が持ちうる力、無機質な文体に無機質でないものをこめられるという可能性を、私は石黒達昌の筆致から学んだ。』

お勧めします! 😄